【歴史散策】斎藤道三のお墓、道三塚へ!

2020年の12月25日、岐阜県岐阜市にある斎藤道三(さいとうどうさん)のお墓、道三塚(どうさんづか)へ行きました!その時の写真等で道三塚を紹介したいと思います!

斎藤道三とは 超簡単に
斎藤道三像(常在寺蔵)

斎藤道三(1494年~1556年)

父親と共に油売りの立場からどんどん出世していき、美濃(現在の岐阜)の守護大名を毒殺等で倒し、美濃の大名となる。

織田信長の父、織田信秀とは戦を繰り返していたが、娘の帰蝶(きちょう)を信長に嫁がせると斎藤家と織田家で同盟が組まれる。その後、斎藤道三が家督を嫡男の斎藤義龍に譲ると、義龍は弟たちを暗殺。その事にブチぎれた斎藤道三は息子、義龍と戦になると敗退。打ち取られてしまった。

この戦を長良川の戦いという。

明智えっくん
明智えっくん

では丁重に道三塚へ参りましょう。

史跡 道三塚。

2019年に駐車場が作られ、車一台を駐車する事ができるようになりましたが、ここの駐車してしまうと駐車場の横にある説明書きの看板が見づらくなってしまうので注意です!

住宅街の隅に突如として現れます。

すぐ隣が住宅になっています。

道三塚の説明書き。

道三の墓碑に書かれている文章が分かりやすく解説されています。

斎藤道三と斎藤義龍の戦い、長良川の戦いの解説。

斎藤道三のお墓。もともとはここより南にある岐阜メモリアルセンター内にありましたが、たびたび長良川の氾濫があったため、常在寺の住職によってこの地に移されました。

2018~2019年ころまでは小屋はなく墓石は雨ざらしでしたが、最近になって雨風を凌げる小屋が作られました。

そして斎藤道三の墓石です。

信長さま
信長さま

義父殿…!!

明智えっくん
明智えっくん

道三殿には明智家も世話になりました…。

墓石には斎藤家の家紋、二頭立波紋(にとうたつなみもん)が描かれた旗やオモチャの刀が添えられていました。お花も綺麗で今でもしっかりと愛され、管理されているのが伝わってきます。

歴史上の人物の中では墓石を管理する人がいなくて、荒れていったお墓もあります。

織田信長の側室、生駒吉乃のお墓等です。

筆者もこのような史跡の保護には積極的に取り組んでいきたいと思います。

明智えっくん
明智えっくん

っという感じで今回は以上です!次回の更新もお楽しみに!

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