今回も豊臣秀吉&加藤清正の誕生の地を巡っていきたいと思います!
前回までの記事はこちら👆
今回は中村公園内にある秀吉清正記念館へ潜入したいと思います!
中村図書館の二階に秀吉清正記念館はあるんですが、その二階に上がる階段にかっこいい絵が飾られていました。
2019年に行われた太閤秀吉サミットで使われた絵なのでしょうか?
詳しい事はわかりませんでした。
そして秀吉清正記念館の入り口へ
入場料は無料なんだがね!アッパレ!
※今後変更される可能性あり。
秀吉清正記念館とは名古屋市中村区で生まれた豊臣秀吉と加藤清正に関する資料の展示を中心に、織田信長が天下統一へ向かったところから、豊臣秀吉が天下統一をし大坂夏の陣で豊臣家が滅亡するまでを5つのテーマに分けて紹介されています。
なんと、フラッシュを使用しなければ撮影が可能なんです!
※今後変更される可能性あり
では数枚写真を撮影したので紹介していきましょう!
常に割りと空いているのでゆっくり見ることができます。
ワシはいつ見てもかっこええのぉ
余談ですが織田信長の肖像画は鼻が大きいことが多い気がします。
私ですね!
ワシじゃあ!
一の谷馬蘭後立付兜じゃ!
まるで後光がさしているような兜なんだがね!
派手好きの秀吉殿にピッタリですね!
我が弟の豊臣秀長じゃ。ワシの為によくがんばってくれた。
ワシじゃ!
織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、徳川家康の超有名どころの中に豊臣秀長がいるのが以外と思われた方もいるのではないでしょうか?
豊臣秀長は豊臣秀吉の異父弟(同父弟の説もあり)で百姓あがりの秀吉の数少ない身内の家臣で死ぬまで兄の秀吉を支えた人物でした。個人的に大名クラス能力があったと思います。この豊臣秀長が紹介されているのはとても嬉しく思います。
清正はワシと同郷でとてもすぐれた武将じゃった。
名古屋市指定文化財にもされている現存の手紙です。すごい!
こちらも名古屋市指定文化財になっている現存の手紙。
これくらいにしておきましょうかね!気になったかたは是非、秀吉清正記念館へ訪れてください!期間限定の展示物などもありますから要チェックです!
応仁の乱から始まり日本全国を巻き込んだ終わりのない戦国時代の真っただ中にこの愛知県名古屋市中村区で百姓の子として生まれた豊臣秀吉。はじめは今川家に仕えるものの離反。織田家に移って織田信長の天下統一事業に大きく貢献しトントン拍子に出生して織田家の重臣に。本能寺の変で織田信長が明智光秀に打たれると誰よりも早く行動し、神業の中国大返しを遂行。主君の仇である明智光秀を討伐。その後どんどん力と仲間を付けて柴田勝家を征伐。織田信長の次男、信雄や徳川家康と対峙し重臣を失うものの九州地方へ攻め込み九州を統一。その後、関東の北条氏や東北の武将たちを吸収し天下統一しました。その後韓国へ攻め込むも途中で天寿を全うし他界しました。
豊臣秀吉の影響力はすさまじく、中村公園周辺には今も数多くの豊臣秀吉ゆかりの名が残っています。
庄内川の上を通る豊公橋
その豊公橋のすぐ近くの温泉 湯のや藤吉郎
名古屋市中村区にある とよとみ幼稚園
串カツ屋 太閤
豊臣コミュニティセンター
他にも数多くの物があるので、探しているのも面白いかもしれません。
豊臣秀吉だけでなく加藤清正の名前が使われているものもあります。
清正幼稚園
中村公園の南の道は清正公道と言われています。
ぜひ!戦国時代好きのお方は中村公園、常泉寺、妙行寺、秀吉清正記念館を訪れてみてください!名古屋城からも近いですよ!
サルの名が残っている物を紹介しすぎじゃ
す、すみませんw
…コホン!っという感じで【歴史散策】豊臣秀吉の誕生の地 中村公園へ!でした!
次回の更新もお楽しみに!
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