【歴史散策】愛知県日進市 岩崎城へ!Part2

こんにちは!

今回も歴史散策で訪れた岩崎城址の続きになります!

前回の記事はこちら👆

明智えっくん
明智えっくん

では今回も岩崎城址公園を散策していきましょう!

井戸跡 説明書き
岩崎城 井戸跡
明智えっくん
明智えっくん

発掘調査で見つかった井戸跡です。結構大きくてビックリしました。

隅櫓跡 説明書き
明智えっくん
明智えっくん

井戸跡のすぐ横には隅櫓跡の説明書きがあります。

岩崎城歴史記念館
明智えっくん
明智えっくん

続いて岩崎城歴史記念館の中へ!入場料は無料です!

岩崎城歴史記念館 丹羽氏重像
明智えっくん
明智えっくん

丹羽氏重の像が出迎えてくれます。

岩崎城歴史記念館の一階はこの岩崎城周辺地域の歴史が紹介されており、二階は多くの雛人形が展示してありました。

岩崎城 四重四階 模擬天守
明智えっくん
明智えっくん

では天守へ突撃です!入場料はなんと無料!

豊臣くん
豊臣くん

おぉー!ふとっぱらじゃのぉ!

岩崎城の建設誌
明智えっくん
明智えっくん

この岩崎城の模擬天守(天守の存在がなかった、または特定に至らないまま建てられた天守の事)を建てるにあたって城郭の遺構を一部破壊したことで批判もされたようです。

岩崎城 模擬天守 内部
明智えっくん
明智えっくん

中には日進市の歴史や戦国時代の岩崎城でおきた出来事などを紹介しています。

豊臣くん
豊臣くん

この岩崎城はワシと家康殿との決戦が起きた小牧・長久手の戦いでも活躍したんだがね!

徳川殿
徳川殿

あの戦いは本当に大変な戦いであった。

小牧・長久手の戦いとは?ざっくり説明

織田信長が本能寺の変で自刃したあと、羽柴秀吉が台頭し織田家を乗っ取ろうと企てます。それを警戒した織田信長の次男、織田信雄(おだのぶかつ)は秀吉を警戒し、ついに対立。織田家と同盟を結んでいた徳川家康は織田信雄に加担。このことによって羽柴秀吉VS織田信雄・徳川家康連合軍の戦いになりました。

小牧山城に陣取った徳川家康。羽柴軍は小牧山城を包囲しますが膠着状態が長く続きました。

そこで羽柴軍にある動きがありました。

池田恒興
池田恒興

徳川家康は小牧山城で動かぬので、家康の本拠地である三河を攻めれば小牧山城を飛び出てくるのではないか?

森長可
森長可

飛び出てきたところを返り討ちにしてぜんじようぞ、どうかね秀吉殿?

三好(豊臣)英次
三好(豊臣)英次

叔父さん!俺が総大将で武功を挙げてやります!

豊臣くん
豊臣くん

う~ん、あまり賛成はできぬが秀次に武功を挙げさせてやりたいんだがね…。恒興殿は昔から世話になっておるし…。相分かった、行ってこい!!

っという事で羽柴軍別動隊が三河の地へ奇襲をかける「三河中入り」という作戦を実行しました。

しかし

徳川殿
徳川殿

ほっほっほバレバレじゃ!別動隊を攻撃せよ!

徳川軍に別動隊の動きが察知され三河中入りを止めに入ります。その時、池田恒興の部隊との戦闘があったのがここ、岩崎城となります。この戦いで岩崎城は落城しましたが、池田恒興隊の動きを阻止し、時間稼ぎをしたことでこの後の長久手の戦いで徳川軍が大勝利したとも言われています。

岩崎城 模擬天守 最上階

最上階へきました。

岩崎城から見た景色 東

岩崎城天守から東の方角を見て。尾張と三河の境界線付近にある岩崎城。すぐ東は三河の地になります。

岩崎城から見た景色 南

南。

岩崎城から見た景色 西

西。

岩崎城から見た景色 北

北。こちらが長久手方面です。

では天守を降ります。

石垣トイレ
明智えっくん
明智えっくん

なんと!石垣の中にトイレが!

岩崎城 模擬天守

小牧・長久手の戦いで池田恒興に落とされた岩倉城。その後は再建された記録などは残っていません。

岩崎城最後の城主、丹羽氏次は1600年の関ヶ原の戦いで徳川方につき功績を挙げたことが認められ、三河の地へ栄転し一万石の大名になりました。そして岩崎城は廃城となります。

廃城になった後のこの地は300年以上整備される事もなく畑となっていました。1987年にこの模擬天守が建てられ岩崎城址公園として整備されました。

昔の遺構が良い状態で残っている箇所も多い、岩崎城。桜の季節はものすごい綺麗だそうです。みなさんも一度訪れてみてはいかがでしょうか!

明智えっくん
明智えっくん

っという感じで今回は以上です!次回の更新もお楽しみに!

城郭データ wikiより部分的引用

城郭構成   平山城

天守構造   なし 望桜型3層4階 鉄筋コンクリート製 模擬天守

築城主    織田信秀?(おだのぶひで・信長の父)

築城年    享禄年間(1528~1531年)

主な改修者  丹羽氏清

主な城主   織田氏・松平氏・丹羽氏

廃城年    1600年

遺構     曲輪・空堀・土塁・土橋・建造物跡・井戸跡など

指定文化財  未指定

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